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だから、居なくなるな

みこしさまより

いつものことなのだが、いつでも唐突だ。何の事かと言うと、アゲハの事だ。今日も顔を出して遊びに来たかと思えば、出会いざまに難題なことを聞いてきた。普通ならば特に難しい事では無いだろう。だが、自分には難解に思えた。

「ねぇマーちゃん。『寂しい』ってなーに?」

『寂しい』とは、人間なら誰しもが抱き、感じる気持ち、感情の事だ。そんなことは流石に分かってはいる。しかし、それがなんであるかなど、自分には言葉で説明できる明確な答えを持ち合わせていなかった。

「寂しい?…ちょっと待ってろわっかんねェ」

こういう時は辞書だ。と、戸棚にある言語辞書を取り出す。さ行を開いて、は項目の中からひを探す。するとすぐに見つかる『寂しい』。その説明にはこう書き記されていた。

<寂しいとは、本来あるものが失われ満たされない気持ちである。物足りない。人恋しく物悲しい。人がいなくて心細い。人の気配がなくひっそりしている様。>

その内容を声に出して読み上げる。特に感情を込めるわけでもなく、淡々と読んで聞かせた。

「だそーだ。」
「ふぅ~ん。」

『寂しい』が何物か分かった。これで自分の中でこの件は一件落着のはずだった。なのにアゲハは、凝りもせずに次なる難題を呆気なく聞いてくる。

「マーちゃんは、『寂しい』?」
「・・・・・・。」

暫し沈黙してしまった。自分がそのようになることがあるのか、と聞いてきたのだろう。二点三点視線を動かして思案した。寂しい。つまり、辞書通りに言うのならば、自分以外の者や物が無くなることから来る心理的ストレスが生まれるのか。それを抱くのか。と言う事だろう。しかし、それが果たして正しく自分にあるのかと言えば、簡単にあるとは言えなかった。
ただ、自分の返答をアゲハが顔を傾げたまま不思議そうに見つめてくる。
何か返事をしよう。適当でもいいから。そんな投げやりな気持ちが次の言葉を生んだ。

「アゲハが居ないってなれば、まァ、そうなるんじゃねェの?」

そう、自分の口が唱えた。アゲハが居なくなれば、寂しくなるかもしれない。適当に、投げやりに、目の前にあるものを使って答えた。それを聞いて、アゲハがきょとんとまた問うてくる。

「ボクがいれば、マーちゃんは『寂しい』じゃない??」
「…、あ?…あー、あぁ。」
「そうなんだ!」

少し混乱しはじめる。適当に返事をし続けた結果、ただの適当が意味を持ち始めてしまったようだった。自分にとって『寂しい』に対する意識がうっすらと生まれていく。だが、それを意識するかしないかなど、大した問題ではないと思った。それなのに、アゲハがまたとんでもないことを言い出す。本当に、勘弁してほしい。

「じょあ、ボクもマーちゃんが居るから『寂しい』じゃないよ!」
「は・・・・。」

いつもの笑顔で自分に抱き付いてくるアゲハ。嬉しそうに「マーちゃん、マーちゃん」と呼んでくる。
どっちかが居なくなれば、どっちも『寂しい』。理屈ではそうなる。それを実感できるかはまた別の話しだ。けれども、もしそれが本当ならば、味わうのは面倒かもしれない。そう思った。

「面倒だから、・・・どこにも行くなよ、アゲハ。」
「うん!」

くすぐったい笑顔に頬を寄せて、くっつく小さな体を、力を入れずに腕をまわして包んだ。


2015.9.27

 

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