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嘯月樓:宵白蓮さまより

閑寂たるよひの空より、音のする。
さらら、さららと、虚空の一点。
其は、月に遁れける佳人の啾たる聲か。
桂樹に斧を振るひ続くる男の傷嗟か。
或いは、不死の妙藥煎ずる玉兎のけわひ、だらうか。

ふと、足を止む。
丹塗りの橋の欄干が、黒々と冷えて凝る。

――昔々、此処で何某かと云ふ女が、血を吐いて倒れた。
其れは、白い肌で。
其の頬は、濡れたるやうに輝いて居つたとか。

聲が。
わたくしの耳元に。
目を転じたれば、一人の娘が、橋の袂に座して居つた。
きつ、と。
睨むやうに、懼るるやうに、見た。この、わたくしを。


茫漠たるわたくしの心に、音のする。
ささら、ささらと、風のやうに。
濡れて居つたのは、わたくしの手だつたらうか。
彼の玉盤(つき)より零るる、清(さや)けし光に。
或いは……

月は、「憑き」。
魅入られた、わたくしにも、
何かが、憑いて居つただらうか。

……紅いのは……、

今宵の月だつたらうか。
或いは、わたくしの手だつたらうか……

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