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さんとうさぎさん

みこしさまより

「まーちゃん、お月さんまんまるキレイだね!」
「あぁ、今夜は満月か。」

窓辺から見える白金の月。アゲハは窓の向こうにある月を楽しんでいる。窓際は寒いだろうと、アゲハを毛布で包んで胡座の中に座らせた。
毛布など、寒さを感じない自分には不要な物。だが、気を抜くとすぐに風邪を引きかねないアゲハを保護するのに必要だった。

アゲハの父親が遠出することになり、連れてはいけないからと一日預かることになったのだ。個人的には夜のお楽しみが潰れて台無しだが、これはこれで不満は無い。
睡眠を取らないマリオネットとは違い、生身のある人間は眠らなければならない。アゲハの眠りを誘いやすいようにと、部屋の電気は消す。照明を失った部屋だが、アゲハがしっかり見える。満月の明かりで十分だった。

「ねえねえ、お月さんにはうさぎさんがいるって本当かなぁ。」

月に目をやりながら、アゲハがそんなことを投げかけてくる。月には兎がいる。良く言われている噂だ。
月の模様がうさぎの形に見えるとかなんとか。そんな問いに、マーヅェは居るか居ないかは別にして、居ると言った方が良い展開になるだろうと手短に答えた。

「居るんじゃねェの。」
「居るんだー!どんなうさぎさんだろう。何してるのかなぁ。」

まじまじと見ても拡大などされない月を、飽きもせずに眺めている。月見の時期でもなかったが、今夜が満月なら、昼間行った菓子屋で饅頭でも買ってやるんだったなと、軽くため息する。
アゲハの瞳は未だに月を映して眠たげにする気配がない。普段なら直ぐに訪れる眠気も、今夜は仕事をする気にはなれないらしい。
月に魅了されたから、と言う事にしておこう。饅頭は無いが、作り話でもしてやろうと、月と兎で何か作ることに決める。
自分より幾分も小柄なアゲハを抱き込む。即興で思いついた話しを言葉にのせた。

「昔々の、アゲハが生まれるより、俺が生まれるよりずっと前からな。お月さんにはうさぎがいるって信じられてたんだってよ。そりゃあすげェもふもふランドだったらしい。そこいらじゅううさぎだらけ。アゲハうさぎ好きか?」

月には兎がいる。作り話しは好きだ。

「うん!うさぎさん好き!」
「まあタレ耳とかそういうわたぼこりみてェなのがいんの。でな、そのうさぎ達は元はこの地上にいたうさぎだったんだ。」

月にいる兎は、元は地上にいた兎だった。そんな話しを思いつく。その話しに現実味を持たせるなら、そう、太古の話しになる。アゲハからのナゼナゼツッコミが来る前に、さっさと続きを繋げた。

「とある地上に、満月の日の為に餅をついてお供えをする変わったうさぎ達がいました。そのお供えに必要な餅はきっちり百個でした。」
「ひゃっこ?ひゃっこってどれくらい?」

おっと、うっかりアゲハの質問を誘ってしまった。アゲハには、百が想像できなかったらしい。しかし、話しを続けたい。なんとかイメージを付けさせようと方法を探る。

「百・・・、十は分かる・・よな?」
「うん!指の数がじゅっこ!」
「・・ああ。一人で十なら、十人並べて全員分の指を数えたら、百になる。」
「んうー。いっぱいだね!」

明らかに正確な百を分かってはいないアゲハ。正確性などは元から重要では無かった。真面目に説明をしたというのに、数が多いと言う曖昧な理解さに笑いがこみ上げる。

「・・。ああ、その百個の餅を月に捧げなければなりませんでした。」
「なんでー?」

この質問は想定内だ。話しを続ける。が早々にこう言ったモノは上手くいかなくなるものだ。相手がアゲハでなかったならば、スパッと愛用のナイフの切り刻んでいただろう。

「あー。月が満月になると腹が減って百個の餅を食べないと地上ごと食らう、とうさぎを脅したからで」
「お月さんっておもち食べるんだ~。僕もおもちすきー!イチゴおもち好きー!」
「す。ところが、きっちり作ったお餅が一個足りません。実は、あるうさぎがその一個を、『あんまりにも美味しそうだったか』、とこっそり食べてしまったのです。」
「ぼくもたべたーい!」
「今度な。・・で、餅が一個足りないことに怒った月が、うさぎを一匹残らずさらってしまいました。月の光に捕まったうさぎ達は月に連れていかれました。」
「お月さんおこっちゃったんだー。」
「そして、おろおろと震えあがったうさぎ達に、怒った月は言いました。『今から太陽が無くなるまで、満月の日に餅を満足いくまで用意し続けろ。さもなくば、命は無いと思え』とな。」
「ふわわ。」

アゲハは呆けた顔で、とてつもない作り話を聞きながら月を見ている。まっさらなアゲハの知識に悪戯な事を放り投げるのが愉快すぎる。いつの間にか楽しんでしまっていた。

「それからと言うもの、月では満月になる度に、月のうさぎ達は休まず餅をつくようになりましたとさ。メデタシメデタシ」

何もめでたくないラストで締めくくる。
つまり、月の兎達は、今も過酷な労働を強いられながらせっせと餅をついている。そんな現代の超ブラックなジョークを交えても、アゲハは吹き出すことも、嫌な顔すらしない。そんな大人社会の切実な苦痛など、アゲハに届くわけがない。
それがまた、面白かった。

「んー?じゃあ今あのお月さまでおもち作ってるのかな。うさぎさん達。」
「必死になって作ってるんだぜ。(やべぇ、ウケる)」
「そうなんだー!うさぎさん達会ってみたいなぁ。」
「今のうちに寝たら、夢で会えるかもな。」
「ねちゃったら、うさぎさんたちに会える・・?」
「ああ。だからねんねだ。ねんね。うさぎ数えてやる。」
「うーん。うん。うさぎさん会いたいな。おやすみなさい、まーちゃん」
「・・・うさぎが一匹、うさぎが二匹、うさぎが三匹・・・」

本当は、兎は一羽・二羽が正しい。アゲハ用に言い換えてやる。またどうしてと首をひねられて起きていられても困る。
窓を見やれば、もう月は見えなくなっていた。要は、子どもは寝なければならない時間だからだ。

兎を数える。二十を超えた頃には、既に寝入っていたがそのまま続けた。
作り話になぞらえて、キリのいい数まで。

「うさぎが九十八。うさぎが九十九。うさぎが・・百。」
「zz。zzz」
「おやすみだ、アゲハ。」

数え終えて、眠りに落ちるアゲハを抱き上げ、枕に寝かせる。
作り話はでたらめだが、夢の中では本物の月うさぎが現れたら良い。
もふもふの兎と遊ぶアゲハを想像しながら、寝息を立てる寝顔を、飽きるまで見続けた。


2015.11.17


 

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